馬酔木  あしび

第七巻第七号(改題一号)/昭和3年7月(=1928年7月)号
一冊(一部): 三十五銭

「雑詠」巻頭句 水原秋櫻子 選

俳号: 迫牛彦  所在地: 漢口

夏くれば湖となる野の紫雲英かな    
江畔にたつ魚市や昼霞    
かたはらの野火を守りつ草ばくち    
惜春や暮色のなかに楊子江    

俳誌一覧(発刊順)

ホトトギス ( 高浜虚子/明治41年10月 )
層雲 ( 荻原井泉水/明治44年7月 )
雲母 ( 飯田蛇笏/大正6年12月 )
馬酔木 ( 水原秋櫻子/昭和3年7月 )
かつらぎ ( 阿波野青畝/昭和4年1月 )
玉藻 ( 星野立子/昭年5年6月 )
花衣 ( 杉田久女/昭和7年3月 )
寒雷 ( 加藤楸邨/昭年15年10月 )
風花 ( 中村汀女/昭和22年5月 )
芹 ( 高野素十/昭和32年5月 )

よむヒント

選者の水原秋櫻子は、もともとはホトトギスの中堅俳人でした。虚子と俳句に対する意見が対立し、「ホトトギス」を脱退。「俳句は抒情詩である」として、客観ではなく主観、作家の感情あふれる俳句を尊しとしました。秋櫻子は西洋絵画に造詣が深く、彼のつくる俳句はまるで洗練された油絵のようであるといいます。その見事なまでの世界観は「きれい寂び」と呼ばれ、たくさんの美しい俳句を残しました。
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 (啄木鳥=きつつき)
冬菊のまとふはおのがひかりのみ
滝落ちて群青世界とどろけり

などは誰もがイメージしやすい名句でしょう。現在でも秋櫻子編纂の歳時記は人気があります。季語の解説すら主観だから、読んでいておもしろい。

秋櫻子が「馬酔木」主宰として選んだ巻頭句第一号は、迫牛彦 が中国で詠んだ句でした。大陸らしい美しい春の光景です。

※紫雲英(げんげ)=【春の季語】群生する紅紫色の花。ハスの花に見立て蓮華草とも呼ばれます。
※漢口(かんこう)=当時の中国の都市名。長江の中流のあたりに位置する。
※江畔(こうはん)=大河のほとり
※野火(のび)=【春の季語】野焼の火のこと。害虫駆除や肥料にするため、野の枯草を焼きます。
※惜春(せきしゅん)=【春の季語】美しい春を惜しむ(気持ち)。
※楊子江=「揚子江」のことかと。原句の通りですが、当時はこのように書いたのかもしれません。
※俳句雑誌「馬酔木」ははじめ「破魔弓」(はまゆみ)として大正7年に創刊しますが、昭和3年に秋櫻子が主宰となり改題、現在に至ります。

引用: 「馬酔木」第七巻第七号/馬酔木発行所(昭和3年7月)

矢印

【 水原秋櫻子に学ぶ、名人の視点!】

調子が出ないときは、いつものやり方を変えてみる。

秋櫻子の代表句のひとつに「蓮の中羽摶つものある良夜かな」(羽摶つ=はうつ)というものがあります。作句に行き詰まりを感じたときに「良夜」という題だけを数日間作り続け、秋櫻子はこの名句を手にしたのだそうです。まるで光あふれる西洋画のようだといわれた秋櫻子俳句、その秘密の一端です。

あらためて上記巻頭句を味わってみる

「創刊号の俳句」の参考書籍、おすすめの書籍

※上記巻頭句に関しては、該当資料からの引用として収集・掲載させていただいています。
※旧漢字については、インターネットの特性上、また初心にも読みやすいよう考慮し、常用漢字に変更している場合があります。
※「ゝ」や「ゞ」などの踊り字については、横書き表示ということもあり、読みやすさを優先するため、適切な平仮名に変更させていただいています。